写真家・荒木経惟 × チロ 「日本で一番有名な猫」

Mar 2, 2011 / Topics

Tags: interview

Photo: Nobuyoshi Araki / Edit&Text: Madoka Hattori

“天才アラーキー"の名で知られる写真家・荒木経惟さんと愛猫チロ。妻・陽子さんの実家で生まれたチロが、荒木さんにもとにやってきたのは1988年3月のこと。それから22年。2010年3月2日、チロは最愛のパートナーである荒木さんによって看取られました。『愛しのチロ』から始まった、荒木さんとチロの“猫”写真人生。荒木さんの解説とともに、チロが登場する写真集を紹介します。

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「チロちゃんはアタシのお股に座りながら、『吾輩は猫である』を読んでもらうのが好きでさ。女の子だから、おしっこをしている所を撮った時には、すごく嫌がってトイレでしなくなったりね。ヨーコが入院している時も一緒に帰りを待っていたんだよ。チロちゃんとふたりでさ、西の空をずーっと見ていたんだよね」

猫嫌いのアラーキーが、気がつけくとチロの魅力に夢中になっていた。捕まえたヤモリを自慢げに披露したり、バルコニーを走り回る、やんちゃなチロの姿を見ることができる。この写真集を一番楽しみにしていた妻・陽子さんは、残念ながら仕上がった本を見ることは出来なかった。

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「チロちゃんとは、ヨーコより長い付き合いなんだよ。ヨーコが死んだ後、10年以上も一緒に過ごしたからね。ヨーコが寝てたベッドに、チロがちょんと座ってさ。女だねぇ」

愛妻・陽子さんとの新婚旅行の模様を収めた自費出版写真集『センチメンタルな旅』と、陽子さんが病に倒れ亡くなるまでの数ヶ月間を克明に収めた『冬の旅』。その2つの作品を再構成した写真集。陽子さんの不在を受け入れるアラーキーを、チロは静かに見守っていた。

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「ベランダで写真を撮っていると、足下にチロちゃんが来るんだよね。ベランダがアタシの楽園だったんだよ、チロちゃんがいたからね。朝シャワーを浴びる時、バスルームの扉をちょっと開けておくと、チロちゃんがついてくるんだよ。シャワーが終わるまで待っていて、終わったら桶に溜まった水を飲みにくるの。でも、今は居ない。今でも扉を開けているんだよ、もしかしたらチロちゃんが来るんじゃないか、ってね」

古希(70歳)を迎えたアラーキーが、愛猫チロの死の直後に作った写真集。大切な人を失うことで生まれた喪失感や孤独を抱え、過去を振り返りながらも、未来へと目を向けるアラーキー。尽きることのない、生への挑戦を感じることが出来る。

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「不在ということが、もっともっと膨らんで浮かんでくるんだよ。最初にチロちゃんが来た時のことだけどさ、猫が嫌いなアタシの所へ来て、ネコロリコロリしてたこととかね。居なくなると、色んなことをグワーって思い出すの。だから死ぬとさ、消えると、亡霊のようにその場所に浮かんでくるんだよ」

妻・陽子との最後の時間を捉えた写真集『センチメンタルな旅 冬の旅』から20年。再び愛する者を失ったアラーキーは、またしても最後の姿をカメラに収めた。『センチメンタルな旅 春の旅』はチロにとっての旅の終わりでもあり、始まりでもある。

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「横になってる時でも、チロちゃんはカメラを構えるとグゥーッてこっちを見るんだよね。目にチカラが入って、涙が溜まっててさ。こういうふうに、クルッと顔をこっちに向けたりね。こんなんで見つめられちゃあ…たまんないよね」

モノクローム一色だった『センチメンタルな旅 春の旅』とは異なり、チロの最後の姿をカラー写真で収めた写真集。生々しくも、愛に溢れた日々が詰まっている。偶然にも、インタビューした日は荒木さんの亡き妻、陽子さんの命日。チロの思い出話を語りながらも今を生きるアラーキーは、愛する者を失った悲しみを騙すために、写真を撮り続けているのかもしれない。