ほぼ日刊イトイ新聞 乗組員・ゆーないと×牛&ミッツ — いろんな猫と暮らす楽しみ

Aug 1, 2012 / Interviews

Photo: Shin Suzuki / Edit&Text: Madoka Hattori

「ほぼ日」こと「ほぼ日刊イトイ新聞」の乗組員、ゆーないとさんは、福島で被災した牛とミッツという2匹の猫と暮らしています。昨年、警戒区域内で保護された牛と海苔の2匹を預かりました。その様子は「ほぼ日」内の〈2匹のねこがやってきて、去ってった。〉という記事に掲載されています。それから数ヶ月、再び東京に戻ってきた牛と新たに加わったミッツ。預かりボランティアという、猫との特別な関係を取材しました。

ボランティアをきっかけに、猫との関係がスタート

—ゆーないとさんは、福島で被災した猫を預かっているそうですね。

「2匹とも、福島の警戒区域内で保護された保護猫です。白黒柄の牛はすでに飼い主さんは見つかって、一度戻したのですが病気になってしまい、再びうちで預かっています。ミッツは飼い主さんが飼う事ができないということで、東京で里親募集をしているのですがなかなか飼い主がみつからず、一時預かりをしています」

—2匹とも預かっているという状態なのですね。

「牛は福島に一度戻ってから、尿道結石になってしまったんです。飼い主さんが狭い仮設住宅に犬と猫10匹くらい多頭飼いをしているので、なかなか個別にケアができないんです」

—昔から猫が好きだったのですか?

「いえ、犬派でした。実家ではずっと犬を飼っていて、なおかつ猫アレルギーだったんです。猫を飼っている友人の家にいくと、調子が悪くなってしまい、私は猫がだめなんだと思っていました。でも動物は好きだったので、小学生のころには野良猫のお世話をしたり……。ところが最近、周りに猫を飼っている人が多くなってきたんです。そんな時に、(坂本)美雨ちゃんが動物愛護の活動をはじめ、サバ美に出会ってしまって。一人暮らしだから飼うのを悩んでいたのですが、みんなでサポートするから飼いなよと背中をおしたんです。そこから美雨ちゃんが『ミグノン』でお散歩ボランティアをしはじめて、私も誘ってもらい、ミグノンを主宰している友森さんと出会いました」

—なるほど。では猫を預かったきっかけは?

「ちょうどその頃、会社の裏手に子猫が何匹かウロウロしていたんです。車通りがすごく多い場所だったので、どうしたらいいかと友森さんに相談したら、保護しようということになり、後日捕獲・保護し、避妊去勢手術をして様子を見ていたのですが、まだ子猫だったのでぎりぎり人慣れしそうだということでツイッターで里親を探しました。シャーちゃんという子がいて、里親に応募してくださった方に譲渡しにいったのですが、大暴れしてしまったようで、その方がパニックになってしまったんです。それで、とりあえずうちに連れて帰りました。ちょうどその時、美雨ちゃんがNYに行くというので、サバ美を預かっていたんです。サバ美はお嬢様なので(笑)、子猫がいるのが気に入らないらしく、機嫌が悪くなってしまって。周りでシャーちゃんを預かってくれる人がいないかと探していたら、ちょうど飼いたいという人が出て来たので、里親になってもらいました」

—ご自身で飼おうとは思わなかったのですか?
「働きながら動物を飼うということは、無理だろうと思い込んでいたので気がひけてしまって。一時的に預かるくらいなら大丈夫かなと、自分の中でブレーキがかかっていました。でも数日しかいなかったのですが、シャーちゃんがいなくなってから、もう寂しくって……。触れないくらいシャーシャーいっていたのに、たった数日で触れるまで距離が近くなっていたんです。その心の開き方が恋しくなって、里親になってくれた友人にちょっぴり嫉妬したりもしました(笑)。預かりボランティアは、里親がみつかって嬉しいという反面、嫉妬という相反する感情がつきまとうんです。だったら自分で飼えばいいじゃないかと言われるのですが、1匹でも多く助けたいという気持ちもあったり。言葉では説明ができない混沌とした感情が常に渦巻いています」

—その後、へんちゃんという猫を預かったそうですね。

「ミグノンの友森さんから、絶対ゆーないとが気に入ると思うという連絡がきて、へんちゃんを預かることになりました。へんちゃんは保健所からきて、年齢は4~5歳くらい。詳しいことはわからないのですが多頭飼育で、飼い主さんが病気になり、預かっていた方が飼い続けるのが無理だということで保健所に連れこられ、ミグノンで引き取ることになったそうです。それから、うちに来てすぐ友人がへんちゃんに一目惚れしてしまったんです。友人はペット不可のマンションに住んでいたので、ペット可のところに引っ越し、譲渡することになりました。でも、里親になってちょうど1年目の日に亡くなってしまいました。数ヶ月前にあごに癌があることがわかり手術をして、あごを半分撤去したんです。いろいろ治療もしたのですが、だめでした。食事も世話をしないといけなくて、最後は、介護のような感じでしたね。少し経ってから、私たち周りの強い勧めもあり、その友人は新たに子猫を里親に迎え、いまは2匹の猫と暮らしています」

被災した猫たちと、飼い主の今

—その後、震災があったと。

「震災があった時、やはり被災動物のことが気になりました。ミグノンの友森さんがすぐに保護しに行かれていたので、私もいつでも預かります!と伝えていました。4月になり、福島の警戒区域内で保護した、牛と海苔という2匹の猫を預かることになりました。すでに預かりの経験はあったものの、2匹同時にというのは初めてだったのでやや不安もあったのですが。保護された猫のペアが3組くらいいて、1組は病院が預かる事がきまっていて、もう1組はかわいいからすぐみつかるだろうと。全くかわいくない(笑)2匹がうちに来ることになったんです」

—牛さんと海苔さんとの暮らしの様子は、「ほぼ日」内の〈2匹のねこがやってきて、去ってった。〉という記事でレポートされています。実際に預かってみてどうでしたか?

「猫たちの人恋しさがものすごく強くて。うちに着いてケージから出した途端、擦りよってきてゴロゴロとしたんです。2匹がどういう関係なのかはわからなかったのですが、仲良くしていました。牛は海苔を舐めたり女っぽかったので、母と息子のような関係かと思っていたのですが、牛も海苔も雄でした。飼い主さんは、地域猫のお世話をされているような方だったようで、きちんと避妊去勢手術がしてあって、わからなかったんです」

—飼い主さんはどうやって見つけたのですか?

「保護する時、家の扉に“東京で保護しています、連絡ください”という手紙を残していたので、3ヶ月くらいしてから連絡がきたんです。それから、牛たちに会いに上京してくださったりして。他に10匹くらい飼っていたので、他の子たちも捕獲して、東京で預かっていたのですが、福島県内の仮設住宅に移られたので、お別れが近いなと常に心構えをしていました。早く猫たちと生活したい、と言っていたので。それから、9月になり福島に猫たちを戻しました。たった5ヶ月でしたが、別れはかなり応えましたね。辛すぎて、預かりボランティアはもうできないかもしれないと思ったくらいです」

—3度目にして、慣れるというよりはより辛くなってしまったんですね。

「1匹でも自分の家の猫がいれば、寂しさは埋められるかもしれませんが、全員いなくなってしまうと心がもたなくて……。そこで里親として一緒に暮らす子を探そうかと思っていた時に、友森さんから連絡がきて、ミッツを預かることにしたんです。ミッツは飼い主さんが震災後、飼える状況ではないということで、東京で里親をみつけてほしいという涙のお別れがあってから、半年くらいミグノンのケージにいたのですが、なかなか落ち着かなくて。うちにきてからも、ずっと押し入れの中にいたり。猫っていろんな性格がいるなと思いながら、毎日話しかけて少しずつ距離が近くなっていきました。今でもお客さんがくるとなかなか出て来ないですね」

—そこから、また牛さんが戻ってきたと。

「ミッツが来てしばらくしてから、牛と海苔に会いに福島へ行ったんです。牛がずっとトレイにいて具合が悪そうだったので、飼い主さんに病院に連れてってもらうようにお願いしました。何匹もいるので、目が届いていないようでした。それで、病院に連れて行ったら尿道結石だったんです。フードも変えなければいけないし、おしっこチェックもしなければいけない。飼い主さんも、最初は大丈夫、と言っていたのですが、だんだんしんどくなってきたようで、冗談半分で“ゆーないとちゃんの家で引き取ってもらちゃおうかしら”と漏らすようになったんです。最初では考えられないくらい、弱音を言うようになっていて、生活が本当に大変なんだなと。まずは病気の治療をするということで、再び預かることになったんです」

—いつまで預かるという約束はしていないのですか?

「病気は落ち着いたのですが、しばらくは再発しないように預かっているということになりました。飼い主さんの家に帰れれば広い一軒家なので問題はないのですが、警戒区域内なのでなかなか解除されず、このまま仮設住宅で、10匹以上の動物と一緒に暮らしていくのは大変だと思います。お互い手紙をやりとりしてはいるのですが、そろそろ会いに行って、このままうちで引き取らせてくださいと、相談しに行く予定です」

預かりボランティアの楽しさ

—預かっている間、ご飯やトイレはどうしているのですか?

「トイレと、最初のフードはミグノンさんからもらいました。その後は指定された『ナチュラルバランス』を自分で買っています。一日分のご飯をスプーン5杯と決めて、タッパーに入れて、ちょっとずつあげています。何匹もいるとたくさん食べてしまう子がいるので、細かく分けています。お皿も別々。でも、トイレは2匹共同です。おもちゃは、猫じゃらしを自作したり、猫トンネルや船には目がないですね。インターネットで探すことが多いのですが、インテリアにしてもかわいいモノを探します」

—そもそも、犬派だったのに、ここまで猫に魅了されてしまったわけですが、ただ猫が好きで猫を飼うことと、預かりボランティはどう違うのでしょうか。

「預かりボランティのいいところは、いろんな猫との暮らしを経験できることです。多頭飼いでない限り、人が一生のうち、飼うことのできる猫はそんなに多くないですよね。さまざまな容姿をもった、それぞれ性格の異なる猫たちに接することができるところが楽しいんです。ただ今は2匹いるので平気なのですが、別れはやはり辛い。まるで失恋後のような落ち込みっぷりに、周りにも心配されます(笑)」

—預かりボランティアは、恋愛に似ていますよね。一緒に暮らして、毎日の生活をともにする。里親として受け入れない限りは、いつかは別れがやってくる。

「そうですね。きちんとした里親さんが飼ってくれたら幸せになるのはわかっているのですが、私といるときよりも、ちゃんと幸せにしてくれるかなとか(笑)。過剰に心配しちゃいます。続けていくには、ある程度、タフでないと精神がおかしくなるかもしれません。今までは里親になるタイミングが合わなくて、へんちゃんの時は、自分は働いているから今は飼えないと思っていました。だから手放すことができた。でも、徐々にいまの生活スタイルでも飼うことができると気がついたんです。だから今は、牛を引き取りたいなと思っています」

—「ほぼ日」内の〈2匹のねこがやってきて、去ってった。〉での反響はどうでしたか?

「毎週エッセイのようなもの掲載しているのですが、猫のことを書くともっと猫をみたい!という、反応がたくさんあったんです。そこで、社長からひとつの記事にしたらと言ってもらったので、牛と海苔のことを書くことになりました。最初から、別れることが前提だったので、日常を綴りながらもドキュメンタリーとして記録することにしました。もっともっと見ていたかったという反応や、ずっと続けばいいのにとメールをいただいたり。でも本当の飼い主さんと暮らすことが一番いいことだから応援していますとか。あとは、ミグノンさんに登録してボランティアをはじめました、という方もいました。また、今までは猫を飼いたいと思ったらペットショップしか知らなかったのですが、保護猫の里親募集で飼うことにしましたというメールもいただきました。少なからず、貢献できたかなと思います」

猫から始まる“ネコミュニケーション”

—好きな猫の本やマンガ、グッズなどはありますか?

「松本零士さんの『トラジマのミーめ』は、美雨ちゃんに教えてもらったのですが、電車の中でボロボロ泣きながら読みました。あとは、大島弓子さんの『サバの秋の夜長』も好きです。やまだ紫さんの『性悪猫』は、頭のいい猫とちょっとヌケた猫との関係とか、猫のちょっとツンとした雰囲気がリアルに描かれていて面白い。あと、ちょっとひかれるかもしれないのですが(笑)、猫柄のTシャツや洋服は見たらついつい手にとってしまいます。友人たちも猫モノをみつけると買ってきてくれるんですよ。ミグノンがやっている『いぬねこうし祭り』のグッズに使われているイラストは私が書いています」

—坂本美雨さんをはじめ、周りに猫を飼っている方が多いと安心ですよね。

「私はいつも“猫の親戚たち”といっているのですが、その親戚たちと一緒に「SEKAIICHI KAWAII NEKO」というタンブラー( http://thebestcat.tumblr.com/ )をはじめたんです。自分たちの猫の写真をただアップし続けているだけなんですが(笑)。へんちゃんが病気になった時、亡くなった時、できるだけ明るくサポートしようと、親戚たちで支えたりして。旅行や出張に行くときは、私は昼に、友達は夜に、と手分けして面倒を見たりしています」

—猫がいることで、普通の友人づきあいよりも、より深くコミュニケーションをとりあっている印象です。ilove.cat的には、その“ネコミュニケーション”の広がりに注目しています。

「猫に関わるコミュニケーションのほうが、犬よりも濃く、粘着質な気がします。犬はお散歩に連れていって、外でのコミュニケーションが可能ですが、猫は野良猫くらいしか歩いていない。うちの猫をもっとみんなに見て欲しい!という欲求は、犬よりも猫の方がかなり強いと思います。猫を飼っている人同士で、無言で写メを送り合ったり……。まさに、ネコミュニケーションですね(笑)」