作家・角田光代×トト — 猫と暮らす理由

Oct 13, 2011 / Interviews

Photo:Shin Suzuki Edit&Text:Madoka Hattori

直木賞受賞作「対岸の彼女」や、映画化された「空中庭園」「八日目の蝉」など、数多くの作品を生み出している小説家、角田光代さん。まだ1歳8ヶ月という子猫のアメリカンショートヘア、トトさんと暮らしています。全く人見知りをしないトトさんは、ilove.catの取材ではじめてトイレをする姿を撮影させてくれました。リラックスしたトトさんの姿に癒されます。

猫よりも犬派だった

—トトさんとの出会いは?

「漫画家の西原理恵子さんに、初対面でいきなり“子猫が産まれたらほしい?”って言われたんです。西原さんはアメリカンショートヘアを2匹飼っていて、すでに子猫を待っている人が6人もいたので、きっと回ってこないだろうと思っていました。でも、1年くらい経ってから7匹目の赤ちゃんが産まれたと連絡があり、譲り受けて飼うことになりました」

—以前に、猫を飼ったことはあったのですか?

「夫は猫を飼ったことがあるのですが、私は鳥などの小さな動物しか飼ったことがありませんでした。実は昔から犬が好きで……飼うなら犬がいいなと思っていたんです。だから、今でも猫を飼っている自分が不思議な感じです」

—実際に一緒に暮らすようになって、何か発見はありましたか?

「猫のことを本当に全く知らなかったので、すべてが驚くことばかりです。猫は素っ気なく、犬に比べて意思疎通もできないと思っていましたが、トトはすご人懐っこくってビックリしました。また、犬は“カツカツ”“ハアハア”など動くたびに音がしますが、猫はまったく音がしない。不思議です。猫によってそれぞれ性格が異なり顔が全く違うというのも、飼いだしてから気がつくようになりました」

—トトさんはどんな性格ですか?

「ものすごく寂しがり屋で、家に帰ると玄関で待っているんです。たまに演技をするんですよ。外から帰ってきたらダーッと玄関に走ってくるのですが、コロンと寝っころがって興味のないフリをするんです。他にも、キッチンの流し台にはのらないようにしているのですが、かまって欲しくてわざと流しの上にのったり。猫は数日くらいは世話をしなくても、割と大丈夫と聞いていたのですが、トトは心臓の病気を持っているので、毎回薬をあげなければいけません。寂しがり屋ということもあって、留守にはできないですね」

繊細なようで図太い性格!?

—心臓の病気だと、あまり遊べないのでしょうか。

「走り回ってはいけないので、遊びは制限しています。でも、本人はすごく遊びたいようで、“コレで遊んで”とおもちゃを持ってくるんですよ。少し走るだけで息が上がってしまうので、部屋の扉を閉めて距離を短くするなど工夫はしています。本当はもっと遊ばせてあげたいんですが。免疫力も弱いみたいで、ベランダに出したら結膜炎になってしまったんですよ」

—トトさんはかなり繊細なんですね。

「いや、性格は図太くて、いろんなことにニブいんですよ(笑)。全く人見知りをせず、宅配便の人が来てピンポンが鳴ると出迎えにいきますし、買い物をして帰ってくると袋に頭を突っ込んで中身をチェックします。一度、旅行に行った時に友人宅に預けたのですが、その家ですごく楽しそうにしていて、連れて帰ろうとしても逃げるんです(笑)。意外とどこでも、誰の元にいても大丈夫なのかもしれませんね」

—ご飯のこだわりはありますか?

「避妊をしてから急に太ったので、ロイヤルカナンのダイエット食をあげています。心臓の薬は、スポイトで飲ませる酵素と手で丸めた漢方、餌に混ぜる薬の3種類。カリカリ以外にも、高い缶詰をあげたくて色々買ってくるのですが、なぜか100円前後の缶詰しか食べないんです(笑)。人の食べ物にも全く興味を示さず、サンマを焼いても見向きもしないので、夫は“こんな猫は見たことがない!”と驚いていました」

—お気に入りのおもちゃは?

「いただいた猫ハウスの中に紙を入れて、ガサゴソと音を立てて遊ぶのが好きです。紙で丸めた筒にライトを入れて、光を追いかける遊びもよくやりますね。他には、ブラッシングした毛を丸めて作った猫玉や、スーパーのビニール袋くらい。基本的におもちゃはあまり自分では買わないので、家にある針金のおもちゃや黒いネズミも貰いものです。唯一買ったのはキャットタワーで、トトはいつも一番上で寝ています。爪研ぎはお腹が空いている時とか、何か不満を表明するときにやっています」

—猫グッズは集めていますか?

「猫を飼う前に買った置物くらいですね。何かのキャラクターがついたモノが苦手なんです。なんでそういうグッズがあるのだろうと常々思っていたのですが(笑)、猫を飼いだしてからはやはり目につくようになってきました。猫の形をしたピアスとか…つい買ってしまいます」

小説家が書く猫との暮らし

—昔から猫を飼っている作家は多く、猫が登場する小説やエッセイも数多くありますよね。

「猫を飼うまではそういう本を読んでも、単に“猫が好きなんだな”としか思わなかったのですが、今はすごく面白いと思います。町田康さんの『猫にかまけて』も、猫を飼っていなければ手にとらなかったと思いますが、読むと臆病な猫の描き方が本当に面白い。また大島弓子さんの『綿の国星』を読み返したら、以前読んだ時とは違い、ものすごく愛おしくなりました。私は、猫ときちんとコミュニケーションができると思っていなかったんです。トトを飼いだしてからは、愛する対象としてきちんと猫は存在するのだと理解しました」

—猫が登場する小説を書く予定はありますか?

「まだ書いていないのですが、きっと後々書くと思います。町田さんの猫の書き方は、ほんとすごいですよね。ただ単に猫が可愛いと書いてもダメで、町田さんのように上手く書かないと、自分の飼っている猫を書くことはできないなと思います。例えば、私はトトしか飼ったことがないので“猫は口が臭くない”と思っていたのですが、ある時、夫から“トトのような口の臭くない猫は珍しい”と教えられて、それから人の家の猫に会う度に必ず口の匂いを嗅いでいました。“うちの猫は口が臭くない”と書いたらただの自慢になってしまうのですが、“あちこち行って口の匂いを嗅ぎ回っていた”と書いたら面白くなるかなとか、書き方を考えるようになりました」

“トト”という生き物

—理想的な猫との関係性は?

「あまりベタベタせずに、自立した関係でありたいです。トトは薬を最初は嫌がっていたのですが、しばらくすると慣れてきました。猫は物事を全て受け入れるんですよね。病気の検査や避妊手術などで、病院に行くことも多いのですが、最近では伏せをしてじっと時が経つのを待っている。病院に連れて行くのは可哀想なのですが、本人は“じっとしていれば終わる”と理解しているのかもしれません」

—猫を飼うことの意味は?

「自分の家族は選べない。というか、選んだつもりはないですよね。でも“縁”や“理由”は必ずあると思っています。それに対して動物は、人間が飼うか飼わないかを決められるので運命や宿命とはちがうと思っていました。でも猫がうちに来るというのは、全く想像していなかったことで、人生における一大珍事だった。だからこそ、一緒に暮らすべくしてうちに来たのだと、運命みたいなものを強く感じます。よその猫を見てからトトのことを考えると、トトは猫に見えないんですよね。“猫”じゃない気がします。一般的にいわれる“猫”とは全然似ていない。猫でもなく、人間でもなく、トトという個体。“トト”という生き物なんです」